般若心経入門




秘密の画像掲示板



●般若心経とはどういう経典なのか?

 仏教とは"仏陀の教え"のことである。仏陀とはお釈迦さまのことであり、"釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)"とか"釈尊(しゃくそん)"とも呼ばれる。仏陀が説いた教えは非常に膨大なもので、仏陀の没後に弟子たちによって今日に伝えられた経典は千四百二十部にものぼると言われている。この経典には上座部と大衆部が編集したものがあり、それぞれ小乗経典、大乗経典と呼ばれる。ちなみに、大乗仏教とは仏陀の教えを自由に解釈し、大衆が親しめるようにしようとする、つまり我々に馴染みがある仏教である。小乗仏教とは、仏陀の教えを言葉の通り正確に解釈していこうとするものであり、現代の日本においてはあまり馴染みがないものである。
 大乗経典の柱となるのは「般若経」「法華(ほけ)経」「浄土経」「華厳(けごん)経」などである。「般若経」は真理に到達するために智恵に目覚めることを説いたもので、「法華経」は人々が幸せに生きるために慈悲に生きることを説いたもの、「浄土経」は人々があの世でも救済されることを説いたものであり、そして「華厳経」は多くの仏の働きと意義が説かれた教えであると言える。
 なかでも般若経には、「小品(しょうぼん)般若経」「大品(だいぼん)般若経」「勝天王(しょうてんのう)般若経」「文殊般若経」「濡首(じゅしゅ)菩薩経」「金剛般若経」「理趣(りしゅ)般若経」「仁王般若経」など多くの経典があり、これらの般若経を集大成したものを「大般若経」と呼び、全部で六百巻にも及ぶ。この膨大な量の「大般若経」の教えを、わずか二百七十六文字に集約したものが「般若心経」なのである。
 一般に「般若心経」と呼ばれるが、正しい経題は「摩訶般若波羅蜜多心経」である。略して「心経」と呼ばれることもある。


●般若心経の内容は?

 「摩訶般若波羅蜜多心経」とは、偉大なる真実に目覚める智慧の教えという意味である。ここで言う智慧(無分別知)というのは、我々が日常的に使う知恵(分別知)とは違い、真理の(おしえ)に目覚めることをいう。
 では真理とは何かというと、それは"ありのままの姿"であり、それを"ありのままに見る"ことが智慧である。仏教では真理の教えを法という。仏教の根本教理に「三法印」というものがある。これは、諸行無常(しょぎょうむじょう)(あらゆるものは移り変わる)、諸法無我(しょほうむが)(あらゆるものは実体がない)、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)(心の安らぎこそが真の幸福である)の三つである。この三つの真理の教えを心の底から理解し、この教えを心の拠り所として生きることで、ありのままの姿をありのままに見ることができるのである。その状態を智慧が備わったと言い、智慧が備われば迷いや悩みがなくなるのである。
 金品や地位、名誉、生命など我々がこの世で最も大切だと思っているものは、常に生滅を繰り返しており、一時たりとも留まっていることはない。全ては無常で実体のないものであることに気づき、「心の安らぎ」という、失うことのない永遠の幸せに最高の価値観を見出すことが、仏の智慧に目覚めることである。これが「心経」であり、つまりは仏教の要の教えなのである。

注:三法印に、"一切皆苦(いっさいかいく)"を加えて四法印とも言う。


●般若心経を唱えよう

 通常、仏前で勧行をする場合、いきなり本論である「般若心経」を唱えることはしない。
 まず、仏教を信じる者としての三つの条件を明示する「三帰礼(さんきらい)」を唱え、次に、真理のお経を唱えるにあたっての心構えを表明する「開経偈(かいきょうげ)」を唱えてから、「般若心経」を唱える。そして、尊いお経を唱えた功徳がすべての人々に及ぶようにとの願いを込めて「回向文(えこうもん)」を唱え、最後に、すべての人の悟りが完成することを願って「四弘誓願(しぐせいがん)」を唱えて終えるのが一般的である。
 ただ、これはあくまでも一般的な例であって、宗派によってこれ以外の経文が加わったり省略されたりする場合がある。また、日蓮宗や浄土真宗などのように般若心経を用いていない宗派も存在するが、在家信者の場合はあまりこだわらずに比較的自由に般若心経を唱えている場合が多いので気にする必要はないだろう。


三帰礼(さんきらい)

自ら仏に帰依(きえ)(たてまつ)る。
当に願わくば衆生(しゅじょう)
大道(だいどう)体解(たいげ)して
無常心を発せん事を。
自ら法に帰依し奉る。
当に願わくば衆生
深く経蔵(きょうぞう)に入って
智慧(ちえ)海の如くならんことを。
自ら僧に帰依し奉る。
当に願わくば衆生
大衆を統理(とうり)して
一切無礙(むげ)ならんことを。


開経偈(かいきょうげ)

無上甚深(じんじん)微妙(みみょう)の法は、
百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも()()う事(かた)し、
()れ今見聞(けんもん)
受持(じゅじ)することを得たり、
願わくは如来(にょらい)真実義(しんじつぎ)
()したてまつらん。


摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)

観自在菩薩(かんじーざいぼーさつ) 行深般若波羅密多時(ぎょうじんはんにゃーはーらーみったーじー) 照見五藍皆空(しょうけんごーうんかいくう) 度一切苦厄(どーいっさいくーやく) 舎利子(しゃーりーしー) 色不異空(しきふーいーくー) 空不異色(くうふーいーしき) 色即是空(しきそくぜーくう) 空即是色(くうそくぜーしき) 受想行識(じゅそうぎょうしき) 亦復如是(やくぶーにょーぜー) 舎利子(しゃーりーしー) 是諸法空相(ぜーしょほうくうそう) 不生不滅不垢不浄(ふーしょうふめつふーくーふーじょう) 不増不減(ふーぞうふーげん) 是故空中(ぜーこーくうちゅう) 無色無受想行識(むーしきむじゅそうぎょうしき) 無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜつしんにー) 無色声香味触法(むーしきしょうこうみそくほう) 無眼界乃至無意識界(むーげんかいないしーむーいーしきかい) 無無明亦無明尽(むーむーみょうやくむーむーみょうじん) 乃至無老死(ないしーむーろうしー) 亦無老死尽(やくむーろうしーじん) 無苦集滅道(むーくーしゅうめつどう) 無智亦無得(むーちーやくむーとく) 以無所得故菩提薩垂(いーむーしょとくこーぼーだいさったー) 依般若波羅蜜多故(えーはんにゃはーらーみったーこー) 心無罫疑(しんむーけいげ) 無罫疑故(むーけいげーこー) 無有恐怖遠離一切顛倒夢想(むーうーくーふーおんりーいっさいてんどうむそう) 究境涅槃(くぎょうねはん) 三世諸仏(さんぜーしょぶつ) 依般若波羅蜜多故(えーはんにゃはーらーみったーこー) 得阿辱多羅三藐三菩提(とくあーのくたーらさんみゃくさんぼーだい) 故知般若波羅蜜多(こーちーはんにゃはーらーみったー) 是大神咒(ぜーだいじんしゅ) 是大明咒(ぜーだいみょうしゅー) 是無上咒(ぜーむじょうしゅ) 是無等等咒(ぜーむとうどうしゅー) 能除一切苦(のうじょいっさいくー) 真実不虚(しんじつふーこー) 故説般若波羅蜜多咒(こせつはんにゃはーらーみったーしゅー) 即説咒曰(そくせつしゅーわつ)
羯諦羯諦(ぎゃーていぎゃーてい) 波羅羯諦(はーらーぎゃーてい) 波羅僧羯諦(はーらーそうぎゃーてい) 菩提薩婆訶(ぼーじーそわかー)
般若心経(はんにゃしんぎょう)


回向文(えこうもん)

願わくは()の功徳を(もっ)て、
(あまね)く一切に及ぼし、
我等と衆生と、
皆共に仏道を(じょう)ぜんことを。
十方三世(じっぽうさんぜ)一切の諸仏
諸尊(しょそん)菩薩摩訶薩(ぼさまかさ)
摩訶般若波羅蜜。


四弘誓願

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)
仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)



●訓読心経

 音読みによる唱え方が一般化しているため、お経は音読みで唱えるものだと思われている感があるが、特に音読みにこだわる必要はない。音読みは確かに響きが美しいが、その反面非常に意味がわかりにくい。かと言って、現代語に訳されたお経を読むというのはやはり荘重さにかける。
 ある程度の響きの美しさがあり、かつ内容も理解できるというお経の唱え方に"訓読"がある。お経の内容を深く理解するためには、お経が理解出来ない呪文のようなものではなく、誰にでもわかるように唱えられることが望ましい。誰にでもわかる心経の唱え方こそ、"訓読心経"なのである。


摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)

観自在菩薩(かんじざいぼさつ)深般若波羅密多(じんはんにゃはらみった)(ぎょう)ずる時、五藍(ごうん)皆空(みなくう)なりと照見(しょうけん)して、一切の苦厄(くやく)()したまう、舎利子(しゃりし)(しき)(くう)(こと)ならず、空は色に異ならず、色即ち()れ空、空即ち是れ色、受想行識(じゅそうぎょうしき)亦復(またまた)(かく)の如し、舎利子、是の諸法(しょほう)空相(くうそう)にして、生ぜず滅せず、(あか)つかず(きよ)らかず、増さず減らず、是の故に空中には色もなく、受想行識もなく眼耳鼻舌身意(げんにびぜつしんに)もなく、色声香味触法(しきしょうこうみしょくほう)もなく、眼界(げんかい)もなく、乃至意識界(ないしいしきかい)もなく、無明(むみょう)もなく、(また)無明の(つき)ることもなく、乃至老死(ないしろうし)もなく、亦老死(ろうし)の尽ることもなく、苦集滅道(くしゅめつどう)もなく智もなく亦(とく)も無し、所得なきを(もっ)ての故に、菩提薩垂(ぼだいさった)、般若波羅蜜多に()るが故に、心に罫疑(けいげ)無し、罫疑無きが故に、恐怖(くふ)あること無し、一切の顛倒夢想(てんどうむそう)遠離(おんり)して、涅槃(ねはん)究境(くぎょう)す、三世(さんぜ)諸仏(しょぶつ)、般若波羅蜜多に依るが故に、阿辱多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得たまへり、(かるがゆえ)に知る般若波羅蜜多は是れ大神咒(たいじんじゅ)なり、是れ大明咒(だいみょうしゅ)なり、是れ無上咒(むじょうしゅ)なり、是れ無等等咒(むどうとうしゅ)なり、()く一切の苦を除いて、真実にして()ならず、(かるがゆえ)に般若波羅蜜多の(じゅ)を説く、即ち咒を説いて曰く
羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)波羅羯諦(はらぎゃてい)波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)菩提薩婆訶(ぼうじそわか)
般若心経(はんにゃしんぎょう)



●汎用心経

 我々が目にしたり耳にしたりするお経は中国語、もしくは日本語に直された物である。そこで、世界中で誰もが唱えられる心経として"汎用心経"がある。これは、原語で唱える「般若心経」をローマ字で音字したものであり、世界中の誰が唱えても仏と同体になれるありがたい心経である。もし外国人に心経を勧める機会があったなら、この汎用心経を勧めるとよいだろう。

Namas(ナマス) Sarvajnaya(サルバジュニヤーヤ)

 aryavalokitesvaro bodhisattvo gambhirayam prajnaparamitayam caryam caramano vyavalokayati sma:panca skandhas, tams ca svabhava-sunyan pasyati sma.
 アーリャーバロキテシュバラ ボゥディサットバ ガンブヒラヤーム プラジュニヤーパーラミターヤーム チャリャーム チャラマーノ ビヤバロカヤティ スマ パンチャ スカンダース タームシュチャスババーバーシューニャン パシュヤティ スマ。
 iha Sariputra rupam sunyata sunyataiva rupam. rupan na prthak sunyata, sunyataya na prthag rupam. yad rupam sa sunyata, ya sunyata tad rupam. evam eva vedana-samjna-samskara-vijnanani.
 イーハ シャーリプットラ ルーパム シューニヤター シューニヤタイバ ルーパム。ルーパン ナ プリタク シューニヤター、シューニヤターヤー ナ プリターグ ルーパム。ヤード ルーパム サー シューニヤター、ヤー シューニヤター タド ルーパム。エーバム エーバ ベダナー サムジュニヤー サムスカーラ ヴィジュニヤーナーニ。
 iha Sariputra sarva-dharmah sunyata-laksana anutpanna aniruddha amalavimala nona na paripurnah. tasmac Chariputra sunyatayam na rupam na vedana na samjna na samskara na vijnanam. na caksuh-srotra-ghranajihva-kaya-manamsi, na rupasabda-gandha-rasa-sprastavya-dharmah, na caksur-dhatur yavan na mano-vijnanadhatuh.
 イーハ シャーリプットラ サルバ ダルマーハ シューニヤターアラクサナー アヌットパンナー アニルッダー アマラーヴィマラー ノウナ ナ パリプールナーハ。ダスマーツ チャーリプットラ シューニヤターヤム ナ ルーパム ナ ベダナー ナ サムジュニヤ ナ サムスカーラー ナ ビジュニヤーナン。ナ チャクシュク シュトロラ グラーナジフバーカーヤ マナーンスィ、ナ ルーパーシャブダ ガンダ ラサ スプラシュタビヤ ダルマーハ、ナ チャクシュルダートゥル ヤーバーン ナ マノー ビジュニヤーナダートゥハ。
 na vidya navidya na vidyaksayo navidyaksayo yavan na jaramaranam na jaramaranaksayo na duhkh-samudaya-nirodha-marga, na jnanam na praptih.
 ナ ヴィディヤー ナーヴィディヤー ナ ヴィディヤークサヨー ナーヴィディヤークサヨー ヤーバン ナ ジャラーマラナム ナ ジャラーマラナクサヨー ナ ドゥクハ サムダヤ ニローダ マールゴー、ナ ジュニヤーナム ナ プラープティハ。
 tasmad apraptitvad bodhisattvanam prajnaparamitam asritya viharaty a-cittavaranah. cittavarana-nastitvad atrasto viparyasatikranto nisthanirvanah. tryadhvavyavasthitah sarva-buddhah prajnaparamitam asrityanuttaram samyaksambodhim abhisambuddhah.
 タスマード アプラープティトバード ボーディヒサットバーナーム プラジャニヤーパーラミターム アーシュリトヤー ビハラテイヤ ア チッターヴァラナハ。チッターヴァラナ ナースティトバーダ アトラストオ ビパルヤーサーティクラーントオ ニシュタニルバーナハ。トリヤドバァヴィヤバスティターハ サルバブッダーハ プラジュニヤーパーラミターム アシュリトヤースッタラーム サミヤクサムボーデヒム アビサムブッダーハ。
 tasmaj jnatavyam prajnaparamita-mahamantro mahavidyamantro'nuttaramantro'samasama-mantrah, sarvaduhkhaprasamanah. satyam amithyatvat prajnaparamitayam ukto mantrah, tad yatha:
 タスマージ ジュニヤータビヤム プラジュニヤーパーラミター マハーマントロオ マハービディヤーマントロオ ヌッタラマントロオ サマサマ マントラ、サルバドゥクハプラシュマナハ。サトヤム アミチャトバーツ プラジュニヤーパーラミターヤーム ウクト マントラハ、タディ ヤター
 gate gate paragate para-samgate bodhi svaha.
 iti Prajnaparamita-hrdayam samaptam.
 ガティ ガティ パーラガティ パーラ サムガティ ボゥディ スバーハー。
 イーティ プラジャニヤーパーラミター フリダヤム サマープタン。






神社参拝の心得